日本軍のヘルメットには他国のヘルメットにはない特徴的な紐のような顎紐が付いています。この顎紐をどのように結ぶのかがわからないという方も多いかもしれません。そこで今回は、日本軍の鉄帽の顎紐の結び方はどのようなものがあるのかという一例(他にも色々あります)を示していこうと思います。初めに断っておきますが、図を見て頭の中で理解するよりもレプリカや民間鉄帽でも良いので購入して実際に図を見ながら結んでみたほうが分かりやすいです。参考までに、私自身も鉄帽を手に入れる前は図を見てもどのように結ぶのかが分かりませんでしたが、鉄帽を手に入れて実際に図を見ながら結んでみると途端に理解できるようになり図を見なくても結べるようになりました。
追記:PXマガジンの8号にこの図と同じものが掲載されていました。読み通り海軍の特集の中にありました。このため記事の内容を大幅に加筆修正しました。
上の図はネット上にあったもので、元々は書籍に記載されていたものだと思いますが出所が分かりません(海軍の結び方なので海軍関係の書籍?)。ですが結び方を平面図で記載してあり、紐のどの部分を上にするのかが見やすい(重要)ので実際にやってみた時に分かりやすいかと思います。紹介されているのは海軍の結び方なので陸軍の結び方は適宜に補足していこうと思います。
1. 陸軍から譲り受けた旧型鉄兜の顎紐を結ぶ方法です。初期の顎紐が短かった頃の結び方で、後に背負いやすくなるように顎紐が長くなると(短い頃でも背嚢に括り付ける携行法はあったそうです)5の結び方になりました。
2. 1937~1938年頃の装着法です。匍匐前進や急に地面に伏せた際に弾みで鉄兜が前にずれて視界の妨げになるのを防ぐために頭の後ろで結ぶものですが、着脱に手間がかかるなどといった欠点もありました。後で解説しますが兜の緒でも似た結び方があります。ここで注意してほしいのは、耳の後ろにある輪っかに紐を通す際は、輪っかの外側から紐を通すことです。また、図を見ても分かるように顎紐が2分割式ではなく1本になっています。顎の下の顎紐の通り方は(イ)と(ロ)の2種類があったようです。戦時中の映画「上海陸戦隊」で見ることができる結び方です。
参考までに兜の緒の結び方です(参考:歴史・時代小説ファン必携 【絵解き】戦国武士の合戦心得、P146)。一般的な兜結びの方法の他にも日本軍の鉄帽の顎紐の結び方とほぼ同じ方法も用いられていたのが分かります。
3. 一般的な結び方で、結びやすいので多く用いられた方法です。2と同じく輪っかの外側から紐を通します。末端の結び方は各人各様なのですが、ガスマスクを装着した際は顎紐のサイズ調整や着脱が簡単にできるようにするため端末処理を蝶結び(通称ネクタイ結び)にする場合もあるそうです。陸軍の結び方だと海軍とは逆に輪っかの内側から紐を通すことになり(陸軍成規類聚に制式図が記載されているそうです)、端末処理は本結びとなります。戦時中の映画「土と砂」で見ることができる結び方です。アマゾンPrime Videoでのサムネイル画像が一番分かりやすいので下に記載しました。アマゾンPrime Videoにはこのようなレンタル店にない映画(独立愚連隊シリーズなど)が沢山あるのでおすすめです。
4. 1944年に資源の節約を目的として顎紐が短く改正された際の結び方で、両側に結び目を作ることで素早く装着することが可能な結び方...なのですが、調べた限りでは顎紐を短く改正したという文章が見つからなかったためなぜ改正したと言われているのかは不明です(実物だと顎紐が短い物や両側に結び目を作る結び方になっているものがあります)。改正前の通常の長さの顎紐の場合は3に繋げることが可能です。背嚢に括り付けるのが難しくなったり他の結び方ができなくなったりする欠点はありますが、私はこの結び方が素早く装着でき、尚且つ顎紐がグラグラしないので一番のお気に入りです。
5. 1941年に開発された海軍の空挺ヘルメット(正確には鉄兜特型というそうです)と後期の顎紐が長くなった旧型鉄兜の結び方です。
余談ですがPXマガジンの図の解説では2が鉄兜二型(陸軍90式鉄帽と同型で厚さ1mm)で3と4が鉄兜三型(海軍計画のもので厚さ1.2mm、形状は陸軍90式鉄帽と同型)の図となっていますが、本当は陸軍90式鉄帽の縁を切り取ったような形状をしたものが鉄兜三型...らしいです(海外のフォーラムで写真を見ただけなので厚さや重量は分かりませんでした)。
この図は何をいおう日本軍装備大図鑑に記載されていたもので、教範の図版のようですがどの教範なのかは分かりませんでした(他の装備品のページにも似たような感じの図版があるので被服辺りだと思います)。余談ですがあの図鑑には顎紐が2分割式になっているのは爆風で首が折れないようにするためだと記載されているのですが、個人的には懐疑的です。理由としてはあの図鑑ではフェルト製略帽を綿製略帽と解説してあったり、ご飯に箸を突き刺している写真があったりして(おまけにその写真の解説でこれはマナー違反ですと書いてある、載せた後に気づいたのでしょうか...)翻訳が変なのも相まって信憑性があまりありません。
それはさておき、この結び方は帽章が星章なので陸軍の結び方となりますが、先程紹介した結び方とは違い耳のところに輪っかを作らない結び方で、2点式の固定方法となります。見ても分かるようにこの図はネット上の図に比べると微妙に分かりずらく、潰れているので余計に分かりずらくなっています。左の結び方は分かるかと思いますが、右の結び方が全く分からず図を見ながら実演しようにも顎紐をどう通すのかが分からないのでやりようがありません。この結び方の詳細をご存知の方はご一報ください(追記:この結び方は瓦斯防護教範に記載されているもので、装面の利便を考慮したやり方の例として示されている物という情報を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。この結び方はネット上にある草案には記載されていないようです)。
今年(2023年)に入ってその瓦斯防護教範を入手したので紹介したいと思います。当時物の教範ですが価格は1000円程でお求めやすい価格でした(MRE1食分と同じぐらいです)。この教範は1943年(昭和18年)に出版されたものですが、状態は良い方だと思います。
教範の裏表紙です。この教範の大きさですが、91mmx122mmでB7サイズに近い大きさです。
例の結び方の図版が掲載されているページです。B7サイズなので図は小さめですが拡大コピーされている日本軍装備大図鑑の図よりも見やすいと思います。
この結び方は教範に掲載されてはいますが今では一般的な結び方ではありません。ですが、当時では割と知られていた結び方のようで、1963年に公開された「独立機関銃隊未だ射撃中」という映画ではその1に似た結び方が用いられており、1990年5月5日に発行された「甲冑武具研究」第89号の中の実朝詠「矢なみつくろふ」推考という記事の中で歩兵第1連隊がその2の結び方を用いていたと記載されています。この2つの結び方が実際にどの程度使用されていたのかはさらに調査する必要がありそうです。
ということで歯切れの悪い終わり方となってしまいましたが、日本軍の鉄帽の顎紐の見た目は難解ですが自由度が高く、結び方をマスターすれば現用のヘルメットに匹敵する安定性が得られるようになると思います。M1ヘルメットのチンストラップとは雲泥の差です(あのチンストラップは個人的にはワースト1チンストラップだと思います)。余談ですが、66式鉄帽の顎紐はどのように結ぶのでしょうか。輪っかを作って結ぶそうですが、その写真を見てもどのように結ぶのか見当が付きません。上述したように九〇式鉄帽でも66式鉄帽の2点式にできるのでやってみたいところです(その前に66式鉄帽を入手しそうですが)。