日本陸軍:九〇式鉄帽(中田商店初期実物再生品、大号)



さてこのブログの新企画である戦闘用ヘルメット図鑑を始めたいと思います。ここでは私が所有している戦闘用ヘルメット(M1ヘルメット、SSh-40など)を色々と比較などをしながら紹介します。主に自分の私見とインターネットを記事を書く参考にしているため信憑性は怪しいかもしれませんがその点はご了承ください。

記念すべき第一回目は日本陸軍の九〇式鉄帽で、中田商店の実物再生品となります。かなり昔(1980年代ぐらい?)に販売されていたもので、今現在販売されている台湾軍の放出品を再生したものではなく自衛隊の前身である警察予備隊で使用されていたものを再生したものと思われます(戦後タイ軍で使用されたものという説もあるみたいです)。

本体

帽体

帽体を正面から見たところです。九〇式鉄帽は1930年に制式化されたもので、従来の仮制式で使用されていたサクラヘルメットなどの旧型のものよりも戦闘時の動作がしやすく生産性も向上しているのが特徴です。制式当初は兵器区分で「九〇式鉄兜」となっていましたが、1932年に全兵士に一律に支給するために被服区分となり「九〇式鉄帽」となりました。ですがそれは陸軍の話で海軍では兵器区分で鉄兜のままでした。材質はクロームモリブデン鋼等で、M1ヘルメットの高マンガン鋼とは違い硬くすることで飛散物を弾き返すという設計になっています(同様の性質を示すものとしてSSh-40などの東側諸国のヘルメットが挙げられます)。利点は強度があるため厚さを薄くして軽量化することが出来ますが、欠点は焼入れを行う必要があるため製造に手間がかかることが挙げられます。また想定以上の衝撃が加わると割れて貫通してしまいます(銃弾が貫通すると弾痕はきれいな穴になり砲弾片が貫通すると大きく割れたようになる)。これはパンター戦車の装甲をイメージしていただけると分かりやすいかもしれません(厳密には違いますが)。帽体の厚さは約1mmで、非常に硬く粘性の少ない素材のためか凹んでいるものはめったにないですが、割れているものはよく見かけます。

帽章兼内装止めの星章を拡大したところです。陸軍なので帽章は星形です。これが海軍となると一般的な錨と桜の意匠の他にも錨だけのものや錨の模様をペイントしたものなどがあります。帽章が錆びていますが実物も同様で、塗装済みの帽体に後付けで無塗装の星章と駐子(割りピン)、顎紐を取り付ける金具とリベットを取り付けてその上から鉢巻上に塗装されるため帽体よりも錆びやすくなっています(ただし塗装済みの星章を取り付けている例もあります)。帽体は錆が丁寧に落としてあり、塗装も丁寧で今現在販売されているものよりもずっと良いです。

鉄帽の塗装は茶褐色で艶があり、飯盒や水筒のような塗装ですが実物にもある色調です。そしてご覧のように塗装が剥がれていますが、その下に錆止めの黒い下地塗装がなされています。実物は茶褐色の他にも緑色が強いものなど色調にかなりの違いがあり、艶があるもの(デッドストックのものや日光にさらされにくい帽体の内側に艶が残っているものが多い)とないものとがあり、塗装が剥がれて黒い下地塗装が見えているものがあります。実物の艶消し塗装でも戦場では目立ったらしく、泥を塗って光沢を消している場面の写真があったりします。

帽体を側面から見たところです。ご覧のように対称形になっており、旧型に比べて製造が容易になっています。そして鍔が短めで高さが低い避弾経始と戦闘動作のしやすさを意識したデザインになっています。このようなデザインのヘルメットは少数派ですが、例としてユーゴスラビア軍のM59/85ヘルメットが挙げられます。重量は約1.2kgで諸外国のヘルメットと比べて軽量な部類に入ります。ちなみに小号の重量は約1.1kgです。

これは側面の顎紐を取り付けるリベットのところの拡大写真なのですが、一番左にM1ヘルメットと似た内装のサスペンションを固定するために開けた穴を埋めた跡があり、リベットの辺りにM1ヘルメットと似たチンストラップを付けるための金具をスポット溶接で付けていた跡が2つあります。元々は警察予備隊で使われていた鉄帽らしいのですが(台湾軍は九〇式鉄帽と同じ内装か穴を開けずに工夫してM1ヘルメットに似た内装を取り付けて使用していました)、そのように運用されている写真を見たことがありませんので(被っているものは大抵帽子かM1ヘルメット)詳細は不明です。ですがそのような改造がなされた九〇式鉄帽を見かけたことがあるので(塗装はカーキのものが多いです)、存在するのは事実なようです。ただし日本の警察の九〇式鉄帽にも似たような改造がなされたものがあり、他国でも九〇式鉄帽が使われていたのでどの国のどの組織でどのような改造がなされた九〇式鉄帽が使われていたのかを少しずつ調べてまとめていきたいです。

帽体を上から見たところです。上部には四つの通気孔が見えますがよく見ると微妙にずれています。通気孔によって通気性も考慮してありますがこの大きさで通気性はあるのか少し疑問に思えます(通気孔の有無でどう変わるのか実験してみたいです)。頭頂部は尖った作りをしており、この辺りはスウェーデン軍のM21ヘルメットを参考にしていることが分かります。余談ですがアドリアンヘルメットには頭頂部にトサカのような突起が付いている(突起は別部品)のですが、これが爆風の衝撃波をそらす役割を果たすため他の突起がないヘルメットに比べて衝撃波に対する防御力が高いのではないかという研究があります(参考:日本語論文)。なので九〇式鉄帽の突起もそのような役割を持っているのではないかと考えられなくもないですが、個人的には九〇式鉄帽の場合は突起を付けることで頭頂部の強度を高める意味合いの方が大きいと思います(強度を持たせることで衝撃波や飛散物を受けても耐えられるようにする)。論文も時間があればじっくり読んでいきたいです。

帽体の縁の部分です。ご覧のように切りっぱなしになっていますが綺麗に仕上げがなされており素手で触っても切れることはありません。切削加工もしっかりとしており鉄帽を平らなところにおいてもガタガタとはしません。ですが偽装網や鉄帽覆は縁の部分で擦り切れてしまうことがあるので注意が必要です。

鉄帽の刻印です。サイズは大号で製造会社は大同特殊鋼です。九〇式鉄帽の製造会社は他にもありますが、大同特殊鋼と神戸製鋼所が多いと思います。九〇式鉄帽のサイズは大号と小号があり、大号は頭囲56~60cm、小号は頭囲55cm以下に適合するそうなのですが、ライナーの性質上フリーサイズとして考えてもよろしいかと思います(小号は頭囲が大きいと被れないらしいです)。

内装

鉄帽の褥革(内装)はご覧のように褥(パッド)が三つあり、褥体(ライナーバンド)が三つの割りピンで固定されています。褥紐(締め紐)の長さを調節したり褥嚢(クッション入れ)の中身を増減したりすることで大きさを調節します。内装は複製品で全て牛革製です。実物は牛革製の他にも豚革製やコットンキャンバス製のものがあります。

パッドを跳ね上げたところです。各部の位置関係がよく分かると思います。被った感じとしてはかなり良好なのですが(SSh-40ヘルメットと同じくらい)、パッドとパッドの隙間の部分があるため少しぐらぐらします。ですが後述する略帽を用いることで安定性を上げることが出来ます。

パッドの裏側です。麻製のクッション入れの中に褥嚢入(クッション)が入っており、褥嚢口締(クッション止めの紐)で固定します。クッション入れには検印が入れてあります。割りピンでのライナーバンドの固定状態も分かるかと思います。このように固定することでライナーの固定を強固にしています。旧型の鉄兜では割りピンは九〇式鉄帽の顎紐が取り付いている位置にあり(ドイツ軍のM1916ヘルメットと同じ位置)、顎紐の固定方法の変更によって位置が変更になったと考えられます。

クッション止めの紐をほどいたところです。クッションは下側から取り出すようになっており、使用する際に不意に落下しないようになっています。

クッション入れです。麻製で中には綿が入っています。綿の他にもフェルトや藁など素材は様々です。綿の量はかなり減らしました。

ライナーバンドの後部にはサイズを表す「大」という文字が入れてあります。小号は小号専用のものとなっています。余談ですが使用するにつれライナーが頭頂部にずれてライナーバンドが少し反り返ってしまい(実物もこうなっているものが多いです)写真に写っている顎紐の二重鐶(Oリング)が後頭部に当たって痛いです。何となくですが後の66式鉄帽に受け継がれていそうな要素です。これも略帽を被ることによって軽減出来ます。

顎紐

顎紐はご存知のように3点式の固定方法になっており、後世のヘルメットと比べても突出した安定性と結び方の自由度を誇ります。恐らく世界初?なのではないでしょうか。旧型のものはY字型の2点式のものでしたが、九〇式鉄帽は兜の「三ツ鐶」と呼ばれる固定方法を参考にしたようで(参考:歴史・時代小説ファン必携 【絵解き】戦国武士の合戦心得)、温故知新といったところです。この顎紐は複製で実物と同様に顎紐2本と後部の顎紐通しの3つの部分で構成されています。顎紐が星章側から見て左側で2本のパーツになっている理由はよく分かりません。

顎紐の先端を拡大したところです。ご覧のように末端処理がなされています。素材は綿製で少しゴワゴワしています。実物では綿製の他にスフ(レーヨン)製のものがあり幅や長さは時期によって様々です。

顎紐の結び方はいくつかあるので、別ページで紹介しています。

付属品類

鉄帽覆

鉄帽覆は直射日光による過熱の防止や防寒を想定して中綿(実物には真綿の他にスフもあり)が入っており、その中綿が雨などで濡れて重くならないように外側が茶褐厚織木綿地で防水加工がされています。なので諸外国のものと比べると非常に手の込んだものとなっています。写真は前期型の複製品となり、後期型になると鉄帽の縁で擦り切れないように補強が入ったさらに手の込んだものとなりますが、そうなったのは恐らく手を加えたほうが割に合うという理由だったのかもしれません。そもそもこの鉄帽覆は鉄帽本体とは違う区分で一律に支給されず必要ならば支給されるものだったようです。そのため支給率はバラバラで末期には略帽に改造されてしまいました。

裏地はこのようになっています。サイズは大号で大号の鉄帽に適合します。ちなみに実物では小号用の鉄帽覆も存在します。赤っぽいシミは鉄帽の割りピンの錆が移ったものです。外側だけでなく内側も6枚の生地を合わせてあり立体的に作られています。

鉄帽覆を鉄帽に装着したところです。鉄帽覆を被せるとご覧のように尖ったシルエットになります。星章は台座付きのものです。初期の鉄帽覆の星章は略帽のものと同じようなものでしたが、耐久性の理由で台座付きのものとなったようです。

側面から見たところです。この独特のシルエットのため写真の中で鉄帽覆を使用しているかどうか見分けることが出来ます。

内側から見たところです。ご覧のように鉄帽覆が鉄帽の縁に綺麗に合っています。紐で固定する形式なので鉄帽覆の脱着は容易です。

偽装網

偽装網はよく見る網目が大きいものの他に略帽などにも用いられる網目が小さいもの、三色迷彩が施されているものや身体用の偽装網を流用したもの、手作りのものなど様々な種類があります。偽装網と鉄帽覆を合わせて使用している例は南方が多いと思います。鉄帽用の偽装網の複製と略帽・軍帽用の偽装網の実物を所持していますが、もう一つ九〇式鉄帽を所持しているのでその時に紹介したいと思います。

略帽

もう一つ重要な付属品として略帽が挙げられます。画像のものは初期の略帽の複製品です。

ご覧のように略帽の鍔が鉄帽の縁にぴったりと合うので視界を妨げることはありません。略帽の被り方は鍔を写真のように前にする場合と後ろにする場合がありますが、前に被っている写真が多いと思います。

余談と総評

戦後九〇式鉄帽は主に人民解放軍や台湾軍、日本の警察などで長年にわたって使用されていましたが今では使用されていません(追記:2020年にも日本の警察で使用例がありました)。ですが九〇式鉄帽の血を受け継いでいるヘルメットが存在し、それは88式鉄帽だと個人的に思います。重さ(九〇式鉄帽は小号と大号が約1.1~1.2kg、88式鉄帽は九〇式と同程度かそれよりも軽いらしいです)といい浅めのシルエットといい形状は全く違いますが類似点があるからです。個人的に九〇式と88式は、M1ヘルメットやPASGTヘルメットやACHヘルメットと対になるものだと思います(設計思想が異なっている)。この辺のヘルメットの設計思想についてもまとめていきたいです。

私自身はこのヘルメットをとても気に入っています。前述したように被り心地や安定性、重量ともに後世のヘルメットと比べても見劣りはしません。側面や後頭部の保護が甘めでサイズ調整が面倒、略帽を被らないと少しぐらぐらするなどといった欠点もありますが、それを上回る程の利点(軽い、動作の邪魔にならない、顎紐の結び方を工夫できる、顎紐が紐のため被らない際の持ち運びがしやすいなど)があります。

YouTubeの動画でも対弾試験を行っている動画がないので防護性能がどれくらいなのか分かりませんが(海外では九〇式鉄帽の入手が困難なため)、諸外国のヘルメットと同じような防護性能を示すと思われます(9mmや45ACPは貫通せず、トカレフ弾は貫通する)。

ここで書ききれなかった部分や新たに調べて分かったことはもう一つ九〇式鉄帽を所持しているのでそれを紹介するときに記載していこうと思います。またあまり触れられることのない日本軍の鉄帽(鉄兜)のバリエーションについても少しずつですがまとめていきたいと思います。

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