日本陸軍:戦時略帽 軍帽改造略帽 鉄帽覆改造略帽(末期型略帽)



さてこのブログの新企画である各国軍の装備品について取り上げていきたいと思います。

記念すべき第一回目は日本陸軍の戦闘帽(略帽)についてなのですが、略帽の中でも戦時略帽(上画像左) 軍帽改造略帽(上画像中) 鉄帽覆改造略帽(上画像右)といった所謂末期の略帽について紹介しようと思います。初めに断っておきますが、この中で実物なのは戦時略帽のみでそれ以外は古鷹屋製の複製品となりますのでご了承ください。


戦時略帽

戦時略帽となります。昭和19年12月1日の大東亜戦争陸軍下士官兵服制特例[1]で制定された略帽で、従来の略帽に比べて簡素化がされているのが特徴です。同じ特例で軍衣袴や雑嚢、水筒紐などが制定されたのでご存じの方は多いかと思います。

これがその変更点[2]です。内容としては

・通気孔を廃止

・後部調節部の鳩目を従来の6つから4つに変更

・顎紐は釦留めではなく糸留か縫着に変更

・裏地を廃止

顎紐に関しては[1]の資料では黒革とする旨が記載されていますが、[2]の資料においてそれは軍帽の顎紐を利用するためであるという記載があり、実際に上記の変更点でさえ厳格に守られているわけではなく簡略化された従来の略帽と判別が付かないケースが多いです。上記の変更点は戦時略帽固有の特徴ではなく軍帽改造略帽や鉄帽覆改造略帽にも見られます。

側面です。従来の略帽とは異なり通気孔が廃止されているのが分かります。ゴム製の顎紐が縫着されていますがこれは戦時略帽に限ったことではないのは先述した通りです。顎紐はゴム製ですが硬化しておらず柔軟で少し驚きました。

後部です。後部調節部の鳩目が4つになっている上に鳩目の縫製も簡略化されていることが分かります。

前面部を拡大したところです。残っている黄色の糸の跡から星章は従来の略帽と同じ黄絨だったようですが、終戦後の昭和20年9月7日に復員時に略帽を私物として着用する際には星章を除去するようにとあり[3]、その時かそれ以後に民間に払い下げられた際に星章が除去されたようです。星章が黄絨の時は黄色の糸で星章を縫着しますが、織出星章の場合は略帽を縫製している糸と同じ糸で縫着しますので[4]、星章が除去されていたり虫に食われていたりした場合でもどちらの星章だったか判別ができる時もあります。また、従来の略帽とは違い眼庇の表側にも縫製があり、裏地がないため強度を増すために略帽表側に米軍のOG-107ユーティリティシャツのような補強縫いがされています。

顎紐取付け部を拡大したところです。顎紐取付けの縫着パターンはこれ以外にもいくつかあります。顎紐基部に孔が空いており釦留め用の顎紐を流用していることが分かります。略帽には帽絨が使用されていますが緑色が強めで織目は粗く(これより粗いものもあります)、再生ウールを使用しているためなのか赤い不純物が目立ちます。

上面です。

内側です。裏地がなく縁革後部の処理も省略されています。

戦時略帽では略帽のサイズ表記は表側では星章があった場所に当て布がされており、そこに”中”のサイズ表記がされておりサイズは中号となります。この当て布がある部分は額に縫い目が直に触れてほどけないようにするための補強も兼ねているのだと思います。

顎紐取付け部の裏側は当て布で補強されており、帽垂布を留める糸の処理が分かるかと思います。

縁革後部裏側にも刻印があり、秋?元小とありますが小学校で製造しているという意味なのか縁革のサイズを表しているのかどちらかなのかは分かりません。ですが後述しますが女学校の生徒が略帽を製造したり小学校の建物を用いて軍服が製造されていたのは事実ですので、今で例えるなら女子中高生が作った略帽だとしてもおかしくはありません。

戦時略帽でも従来の略帽に比べて大幅に構造は簡略化(今の観点からすると普通ですが)されているものの素材が部分ごとに異なり、せめて海軍の略帽のように全て綿製だったら丸洗いできて違う素材を集める必要もないのにと思いますが、本土空襲を受けている状況でつい最近まで複雑だったものを簡略化しようとすれば手持ちの素材で何とか製造するしかなさそうです。



軍帽改造略帽

軍帽改造略帽となります。昭和19年9月5日の軍帽処理に関する陸軍一般通牒[5]で制定されたものですが、それ以前にも軍帽を再利用する目的で部隊単位で作成[6]されていたようです。制定後も細かな仕様は部隊単位で一任されていたようで作りが異なるものが多いのも特徴です。星章は上画像では織出のものが付いていますが従来の黄絨が使用されたものもあります。織出星章は昭和16年8月19日に制定されたもので正式名称を試製織出帽用星章[7]となり、防暑帽に使用されているのが有名だと思います。

制定以前に作成されていた例です。見た目は米軍のHBTキャップやOG-107ユーティリティキャップに似ており、専ら演習用だったようです。

側面です。顎紐と釦が軍帽のものを流用してあります。通気孔はありませんが実物には従来の略帽と同じく通気孔が付いているものもあります。帽垂布を留める糸はなく実物も同様のものがほとんどだと思います。

後部です。鳩目は戦時略帽と同じく4つで調節紐は独特なものになっており、実物もこうなっている場合が多いです。

上面です。布地を継ぎ接ぎしているのが分かりやすいです。継ぎ接ぎのパターンも個体によって異なります。

内側です。裏地無しのタイプを再現されていますが、実物には軍帽の裏地を略帽の裏地に再利用しているものもあります。それにより軍帽の検印がそのまま略帽の検印になるのですが、そこから大正時代に製造された軍帽も再利用されていたことが分かるものもあり物持ちの良さに驚きます。

これが略帽に改造される前の軍帽です。画像は四五式軍帽で鬼塚堂製の複製品となります。略帽に改造される軍帽は明治45年(1912年)制定の四五式がほとんどだと思います。

軍帽の上部と略帽を重ね合わせたところです。軍帽の天井部が略帽の側面になり、軍帽の側面部が略帽の両側面の隙間を埋めるのが分かるかと思います。軍帽が2つあれば略帽が1つ余裕を持って製造できそうです。軍帽は略帽と同じく帽絨を使用している[4]ので、継ぎ接ぎでも使用している素材は初期略帽と変わりはありません。

Amazon.co.jp: 戦争中の暮しの記録

軍帽改造略帽の製造現場が当時どのようなものだったのかは「戦争中の暮しの記録」の95ページ”軍帽☆”に略帽を製造されていた女学生の方の体験談が載っています。この本は前年1968年に発行された「暮しの手帖」96号の特集―戦争中の暮しの記録―を1冊にまとめたもので、発行の1年前の1967年に読者に募集をかけて集まった原稿を基にしています。基本的には惨めな話ばかりで付録は政治的すぎてゲンナリしますが、略帽作りが載っている”油と泥にまみれて”の項は学徒動員の体験談が主になっており、NHKでVOA(ボイス・オブ・アメリカ)の放送に妨害電波をかけていた方や20mm機銃の撃茎を製造されていた方の話などがあり具体的で資料価値も高くおまけに何故かは分かりませんが話があまり重くない(他の項と比べてという意味で一般的には話は重いです)のでおすすめの項です。その中でもこれから紹介する略帽作りの体験談は起承転結がはっきりしておりツッコミどころも多く、しかも文章中では誰も亡くなっておらず恐らくこの本の中で一番気楽に読めるのではないかと思います。

略帽作りを寄稿された方は島根県立松江高等女学校に在籍されており、同じ地域にある陸軍歩兵第63連隊に動員されたそうです。型紙は予め用意されており2個の軍帽で1個の略帽となるのですが、縫製の難易度は高く略帽作りにはプレッシャーを感じていたそうで、それを裏付けるように実物は歪んでいる形状のものが多いです。略帽作り用の布が尽きると軍帽の赤鉢巻の部分で襟章作りをしたそうです。

上記の添付画像は記事中にあったもので、キャプションは軍帽を作る女学生で他の画像には引用した新聞社の名前が記載されているのですがこの画像には引用元の記載がなく本文参照となっています。監督している兵士が航空胸章を付けており、本文中にも営庭に飛ばない飛行機が何台か並んでいたとあるので寄稿された方から提供された写真なのかもしれません。それにしても写真に写っている女学生って本当に女学生なのでしょうか。今だと中高生になりますがどう見ても小学生が作業しているとしか思えません。監督している兵士も未成年に思えます。

当方が個人的に面白いと感じたのは最後の部分で、恐らく帽章が除去された旧軍の略帽をファッション目的で購入して被っている人が登場して思わず笑ってしまいました。600円は今だと2000円弱ぐらいで、今で例えるなら米軍放出品のウッドランド迷彩の帽子か東ドイツ軍のUTV野戦帽、ソ連軍のアフガンカ帽といった感じでしょうか。ですが今の例えと違いその帽子を戦争中に製造されていた当事者の方なら複雑な気持ちになるのも無理はないです。

鉄帽覆改造略帽

鉄帽覆改造略帽となります。昭和19年10月に鉄帽覆を解体し略帽にするようにと云われているようですが当方では出典が分かりませんでした。名前の通り鉄帽覆を分解して略帽にしたものです。

側面です。中央部に鉄帽覆の縫目が残っているのが分かります。通気孔はありません。

後部です。鳩目は戦時略帽と同じく4つで調節紐は鉄帽覆の締め紐が流用されています。

前面部を拡大したところです。前述したように普通の略帽では星章が黄絨の時は黄色の糸で星章を縫着しますが、鉄帽覆改造略帽は実物でも何故なのかは分かりませんが星章を略帽を縫製している糸と同じ糸で縫着してあります。

顎紐取付け部を拡大したところです。ゴム製の顎紐を塗装されている釦で留められており、どちらも素晴らしい再現度だと思います。

上面です。

略帽の内側です。裏地は鉄帽覆の裏地がそのまま流用されており、検印は昭和20年となっていますが実物はそれ以外にも検印や記名欄も鉄帽覆のものがそのまま流用されている場合もあります。

あとがき

ということで略帽の紹介は以上となりますが、俗に言う末期型とはいえ今の観点からすると凝った作りで軍帽や鉄帽覆を利用した略帽は一旦分解して継ぎ接ぎをしないといけないので逆に人的資源の無駄遣いになりそうな気がします。これはやはり日本特有のもったいない精神があると思いますが、これが米国なら使い捨て前提で大量生産で欧州なら日本と米国の中間ぐらいになりそうです。紹介した略帽は主に内地で製造されていたものですが外地だと朝鮮倉庫検定の綿製略帽があります。また、フェルト製略帽(椀帽)も時期は異なりますが資源不足の状況下での代用素材の活用例といえそうです。

参考文献

[1]御署名原本・昭和十九年・勅令第六五二号・大東亜戦争陸軍下士官兵服制特例 (A03022319900)

[2]大東亜戦争陸軍下士官兵服制特例ヲ定ム (A03010179400)

[3]6.陸普第1766号 昭和20年9月7日 陸軍軍人の服装に関する件通牒 (C12120621900)

[4]陸軍被服品仕様聚(第2回追録) 上巻/第1編 成品被服/第1款 下士官兵用被服 (C14010285700)

[5]軍帽処理に関する陸軍一般通牒 (C01007592900)

[6]第4 被服之部/3.被服ノ補修洗濯(3) (C14010256600)

[7]陸軍被服品仕様聚 下巻/第2編 軍用被服諸材料/第5款 雑品 (C14010285000)

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